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9曲の交響曲、5曲のオペラの他、多数の作品を残している。存命中は、スウェーデンの音楽の重鎮的存在であった。また、スウェーデンの作曲家協会・著作権協会の会長として活躍するなど、諸方面に活動的であった。
アッテルベリは1887年にエーテボリで技術者を父として生まれた。幼少より音楽環境に親しみ、10歳ごろより友人に誘われて、チェロを学習する。
1907年に国立技術院に入学し、電気技術者としての研鑽を積む。それと並行して1908年には、ストックホルムのオーケストラに入団。
1912年に交響曲第1番の初演に成功し、アルヴェーンとならぶスウェーデンの代表的作曲家として認知された。翌年には、ドイツで交響曲第2番を初演。名声は国外にも広まり、王立劇場から『イェフタ』のための劇音楽を委嘱された。この他に、ヴァイオリン協奏曲などのこの時代の音楽は、ドイツの現代音楽の影響を受け、難解なものになっている。また、同年、ストックホルムの特許庁に就職した。
1915年にピアニストのエラ・ペッタション(Ella Peterson)と結婚。(1923年に離婚。)この年の交響曲第2番、1916年の交響曲第3番あたりが作曲家としての頂点であり、これらの曲は初演後なんども演奏されている。
1818年の交響曲第4番の頃から、積極的にスウェーデン民謡を作品の中に取り入れ、その一つのバレエ音楽『おろかな娘』は繰り返し上演された。同年、スウェーデン作曲協会を設立。
1923年には、スウェーデン著作権協会を設立。これは、特許局での仕事が大いに役立ったはずである。作曲家協会と著作権協会の会長を兼任。
1928年にコロムビア・レコードの主催する「シューベルト没後100周年作曲コンクール」に、交響曲第6番で応募したのが優勝し、1万ドルの賞金を得た。これによって世界的な知名度を得た。
1940年代に交響曲第7番、第8番を作曲するが、あくまでもロマン派的なスタイルを保っていたため、現代音楽(前衛音楽)が主流となる音楽会においては、過去の人物となっていった。
1957年に最後のいささか風変わりな交響曲を発表、1968年にようやく特許局を退職したが、その後も音楽活動は継続し、1974年にストックホルムで逝去した。
アッテルベリの主要な作品は、9曲の交響曲、劇音楽、オペラである。歌曲やピアノのための小品はほとんど書かれていない。音楽以外の仕事を主たる収入源にしたため、金銭を得るための作曲は行わなかった。
作曲方法としては、古典派からロマン派の手法を踏襲したものが大きいが、ときおり低音弦楽器に集中したり、金管楽器ばかりが活躍したり、と全体のバランスを崩すような手法が見られ、弱点の一つになっている。また、執拗とも思える繰り返しが行われることも多く、これをアッテルベリの魅力と捉えるか欠点と捉えるかは人によって意見が分かれる所である<--根拠は?。
「時代遅れの国民楽派」との蔑称もあるが、スウェーデンの民謡を積極的に取り入れ、交響曲第4番や第8番などは民謡に基づき、後世の鑑賞に堪えうるものになっていることなどをふまえれば、むしろ褒め言葉になる<--個人的な感想に過ぎないのでは。
交響曲
交響曲第1番から交響曲第9番まで、9曲の交響曲が残されている。
交響曲第1番 ロ短調 (op.3) は王立音楽院へ応募するため1910年に完成し、1912年に自身の指揮でエーテボリで初演された。若さと才気に溢れる作品である。古典的な4楽章構成の作品で、第一楽章にはブラームスやリヒャルト・シュトラウスの影響が見受けられる。第二楽章は、民謡風の印象的な旋律を発展させた緩徐楽章で、早くもアッテルベリの特徴が現れている。
交響曲第2番 ヘ長調 (op.2、 1911-13) は3楽章からなる明るい希望に満ちた曲。ロマン的で印象的な旋律、アダージョとプレストを組み合わせた第二楽章、終結部が壮大かつ執拗であることなどが特徴的である。
交響曲第3番 ニ長調『西海岸の光景』 (op.10) の最初の2つの楽章は、それぞれ独立した作品として別々に作曲され、演奏された。第三楽章は1916年に初演された。この作品はエーテボリ近郊のユトランド半島に面した島で作曲され、3つの楽章はそれぞれ「太陽の霞」、「嵐」、「夏の夜」という副題を持つ。第3楽章「夏の夜」の終結部は日の出を表現したもので、かなり執拗な旋律が繰り返されるのが、良くも悪くもアッテルベリの音楽を特徴づけている。この曲は、人気があり何度も繰り返し演奏された。
交響曲第4番 ト短調 (op.14、 1918) は『(スウェーデン民謡の主題による)小交響曲』(Sinfonia piccola)という副題がある。4楽章構成であるが、その全楽章に民謡からとられた旋律が用いられている。演奏時間も20分程度と短い。
交響曲第5番 ニ短調 (op.20、 1922) は『葬送交響曲』の副題を持つ3楽章からなく作品である。第一楽章はいささか不協和音じみた和声に貫かれ、ピアノの和音で終わる。第二楽章は標題を示す葬送行進曲。終楽章は複雑な構成を持つが、必ずしもまとまりがよくない。かなり沈痛な雰囲気に貫かれており、珍しく消え入るように終わる。
交響曲第6番 ハ長調 (op.31、 1928) は「シューベルト没後100年作曲コンクール」の優勝作品であり、1万ドルの賞金にちなんで『ドル交響曲』の異名がある。(このコンクールの第2位は、フランツ・シュミットの交響曲第3番であった。)自らの交響曲ついて「古いスタイルの模倣で、人を愚弄するもの」と嘲笑しているものの、ピアノ五重奏曲ハ長調 (op.31b) として編曲するなど、やはり愛着を見せている。第1・2楽章はまとまりの良さを示しているにたいして、終楽章はコラージュ的なお祭り騒ぎが繰り広げられる。
交響曲第7番 (op.45、 1942) は『ロマンティック交響曲』という副題が付けられているが、元々ロマンティックなアッテルベリにあっては、余計な表題かもしれない。曲の構成は、緊密感を欠いた3楽章であり、第一楽章には歌劇『ファナル』の「眠りのアリア」に基づく部分を演奏者によって省略可としたり、第四楽章が破棄されたたために終楽章が極端に軽い印象を与えて終わるなど不自然な部分がある。
交響曲第8番 (op.48、 1944) は、交響曲第4番同様に民謡を素材とした作品である。この曲はアッテルベリの交響曲の中でもっとも評価が分かれる作品である。全面に民謡を用いたこと、旧来の独特の管弦楽法が見られないことなど、不満を表明する一派がある一方、全体のまとまりの良さ、親しみやすさから高い評価が下されることもある。
交響曲第9番 (op.54、 1957) は『幻想的交響曲』(Sinfonia visionaria) の副題をもつ。独唱と合唱をともなう大規模な作品であるが、一般には理解されることがなく、つい最近、アリ・ラシライネンによって初録音が行われたばかりである。この曲は、アイスランドのエッダ巻頭の「巫女の予言」に基づく単一楽章の曲で、今までのアッテルベリの交響曲の流れからみると余りにも異質で、どちらかというとカンタータに近い。
協奏曲
ピアノ協奏曲 (op.37) は、ロマン主義の香りに満ちた甘美な曲である。一連の交響曲と比べると外面的な華やかさに乏しく、一流の曲とはなり得なかった。
この他にヴァイオリン協奏曲 (op.7) がある。
弦楽合奏曲
ヴァイオリン・ヴィオラと弦楽のための組曲 第3番 (op.19-1) が、メランコリックで美しい響きの旋律のために有名である。もともとは、メーテルリンクの戯曲『ベアトリス尼』の付帯音楽として作曲されたもの。ヴァイオリン・ヴィオラとオルガンによる組曲から編曲された。3曲からなり、それぞれ「前奏曲」、「パントマイム」、「ワルツ」という標題を持つ。パントマイムは、コラール風の前奏(終結部で再現)を持ち、尼僧の愛を表現する甘美な旋律が流れる。
劇場音楽
バレエ音楽『おろかな娘たち』が有名。